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地域が違う転校で生じた言葉の壁と早熟の差

time 2017/01/14

地域が違う転校で生じた言葉の壁と早熟の差





goma(@gomachan1210m)です。

小学校6年生で山口県という西の端っこから、茨城県という関東の端っこに引っ越すことになりました。

■絵が好きだった小学校時代

これまで、父親は単身赴任で茨城県にいたので、大人の男性と暮らすのは小学校1年生ぶりでした。

父親はいるけれど、実質いないような環境で育ったのもあり、一緒に暮らすときには思春期も迎えていたので違和感がありました。

母親は子育てを一生懸命頑張っていましたが、もしかしたら背負い込んでしまったいたのかもしれません。

言葉の壁

期待と不安を胸に転校生活がスタートしました。最初に感じたのが言葉の壁です。

山口県の方言として、「ぶち」という言葉があります。「ぶち」は「すごい」とか「とても」という言葉を意味します。

この「ぶち」って言葉が、そもそも方言だとは知らなくて、初めて使った時にからかわれました。

とは言え、茨城は「〜ぺ」と語尾に付けるのですが、山口県ではもちろん使わず…(笑)

最初に先生の言葉を聞いた時に、なんでツバを吐いているんだとびっくりしました(笑)

早熟の差

山口県の小学校は私服ではなく制服登校でした。

茨城県は逆に私服だったので、上にお兄ちゃん・お姉ちゃんがいる早熟な子は、もうお洒落を意識し始めていました。

私はと言うと、兄弟の中でも長女でいとこの中でも一番上。

下の面倒を見るのは得意だったけど、見習う上がいなかった。

お洒落をするという概念すらも持っていませんでした。

そういう思春期独特のものを教えてくれる人がいなかったんですよね。

山口県も茨城県もどちらも田舎ですが、茨城県の方が一応関東なので、山口県よりも早熟している子が多く、ちょっとしたギャップが生まれていました。

私は言葉も違うし、服装もダサい。

みんなからしたら、転校してきた変な子だったのかもしれません。

そんな感じだったので、イメージしていた転校とは全然違うものになりました。

女子特有のグループみたいなものも出来ていて、私は疎外感を感じながら、「この子たちには負けたくない」という思いから、勉強と読書に勤しむようになりました。

放課後は図書室にこもり、歴史の本を読んでいました。「インカ帝国の謎」とか歴史の本が好きでした。

小さい子の面倒

そんな疎外感から段々と心が歪みながらも勉強を頑張るという生活の中で、小さい子の面倒は良く見ていました。

いとこも自分より全員年下だったので、いとこの面倒を見るのが好きでした。

転校先では社宅に住んでいたので、周りにいる子はまたもやみんな年下。

子どもが好きだったのは、「可愛い」という感覚より、心が純粋だから好きだった感じです。

そんな感じで無事に小学校を卒業し、中学校に入学することになります。






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